京都地方裁判所 昭和51年(わ)1212号 決定
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【説明】
本件は、被告人の警察官及び検察官に対する三通の自白調書について、被告人と警察官との間で、拳銃を持参すれば逮捕をなさず、かつ、罰金で済ます旨の約束がなされ、その影響下で自白がなされた疑いがあるとして自白の任意性を否定し、三通の自白調書の取調請求を却下した事例である。
約束による自白についてその証拠能力を否定するのが学説、判例(最高二小判昭41.7.1刑集二〇巻六号五三七頁等)の一般的な考え方であるが、本決定は、その理論的根拠について論じた決定ではなく、前述のような約束の存否をめぐつて当事者間に争いがあり、その点の事実認定に苦心した決定といえよう(詳細は判旨参照)。
なお、約束による自白の証拠能力に関する学説、判例については、龍岡資晃「約束・偽計による自白」本誌三九七号一八頁を参照のこと。
【判旨】
一弁護人は、被告人の司法警察職員(二通)及び検察官(一通)に対する各供述調書(検甲第九一ないし九三号、以下、本件自白調書第一ないし第三という。)はいずれも被告人と捜査官との不逮捕及び罰金で済ます旨の下での供述を録取したもので、利益誘導による任意性のない自白調書であると主張する。
二本件捜査の経過について
<証拠>を総合すると次の事実が認められる。
1 捜査の端緒
昭和五一年三月二五日ころ、京都市内において銃器を用いた暴力団同志の抗争事件が発生し、京都府警察本部からの指示により、京都府七条警察署(以下、七条署という。)においても抗争事件の未然防止と武器の摘発を主眼とする重点捜査が開始され、右捜査を担当した同署の是平警察官は、同年四月中旬ころ、ある人物から「宿谷勲(以下、宿谷という。)が拳銃を製造して被告人に売つたのを実際に見た。」(証人是平第一一回公判)との情報を入手した。
2 被告人方及び宿谷方の捜索
是平警察官ら七条署係官は、同年四月三〇日午前八時五〇分から同九時三〇分ころまでの間、京都市伏見区内の宿谷方を武器等製造法違反、銃砲刀剣類所持等取締法違反、火薬類取締法違反の被疑事実で捜索し、同家の縁側の下から改造途中のものと思料される模造拳銃の部品一式、電気ドリル一個、電動ヤスリ一個、玩具煙火玉一八個等を発見してこれらを差押え、引き続き同区内の被告人方を銃砲刀剣類所持等取締法違反の被疑事実で捜索したが、目的物である拳銃を発見することはできなかつた。しかし、同家から日本刀一振が発見されたため、立会した被告人の内妻田中セツ子から、右日本刀の任意提出を受けてこれを領置した。なお、被告人は当時は不在であつた。
3 被告人に対する逮捕状の発付
前記捜索の際、是平警察官は立会した田中セツ子に対し、被告人が宿谷から拳銃を譲り受けている件と、当日被告人方から発見された日本刀の件について被告人から事情を聞きたいので後日出頭するようにとの伝言を託し、その後も七条署係官が直接被告人方を訪れたり、電話、郵便によつて被告人を呼び出していたが、被告人がこれに応じなかつたため、同年五月一七日前記日本刀不法所持の被疑事実で被告人に対する逮捕状の発付を得た。
4 拳銃の任意提出
被告人は、同年五月一九日午前中予め是平警察官に電話をし、七条署付近の道路まで同警察官に出迎えてもらい、新聞紙に包んだ本件拳銃を手渡し、その後七条署取調室において任意提出書を作成し、同警察官はこれを領置した。
5 被告人に対する取調
是平警察官は、被告人から本件拳銃の提出を受けた後引き続き被告人を取調べた結果「本件拳銃は宿谷から三万五、〇〇〇円で買つたものである。」旨の供述を得、その旨の供述調書(本件自白調書第一)を作成したが、同日は上司の指示もあつて、前記日本刀の件に関しては何らの取調もせず、また前記の逮捕状を執行することもなく、被告人を帰宅させた。
6 宿谷に対する取調
被告人が本件拳銃を提出したことにより、七条署係官は宿谷に対する前記武器等製造法違反等の被疑事実で宿谷に対する逮捕状の発付を得(同年五月一九日)、翌五月二〇日宿谷を通常逮捕し、是平警察官が同人を取調べた結果「本件拳銃は中村義史(以下、中村という。)から模造拳銃の改造を依頼されて鉄工所において改造後中村に渡したもので、被告人は直接関係がない。」旨の供述を得、翌五月二一日右供述に基づき、改造した場所である鉄工所の従業員ら二名の裏付の供述を得たが、同警察官は上司の指示も得て同日宿谷を釈放した。なお、本件拳銃の発射機能等に関し、同月二〇日に七条署長名義で京都府警察本部科学捜査研究所に鑑定が嘱託された。
7 中村に対する取調
その後同年八月一一日、是平警察官は中村の任意出頭を求めて同人を取調べた結果「本件拳銃は被告人から改造を依頼されて、自分がさらに宿谷に改造を依頼したものであり、改造後宿谷から自分が受け取つてさらに被告人に渡した。」旨の供述を得た。
8 逮捕後の被告人の供述等
被告人は同年八月一四日、覚せい剤譲渡の被疑事実により通常逮捕され引き続き川端署に勾留されていたが、同年八月二三日是平警察官は本件拳銃に関して被告人を取調べた結果、先に中村が供述したのと同旨の供述を得て同日付供述調書(本件自白調書第二)を作成し、同年九月上旬本件拳銃に関して銃砲刀剣類所持等取締法違反の被疑事実で検察官に送致し、検察官は被告人から同旨の供述を得て同年九月一七日付供述調書(本件自白調書第三)を作成し、その後中村、宿谷の供述をも得て同月三〇日、被告人を本件拳銃に関し、銃砲刀剣類所持等取締法違反のほか武器等製造法違反の事実で起訴した。なお、本件拳銃に関する鑑定書は、同年九月九日付で作成され、同月一六日七条署長宛送付された。
三以上認定した本件捜査の経過中には、被告人に対する逮捕状の発付を得ていながらこれが執行されていないこと、被告人の供述と異なる供述をしていた宿谷が逮捕の翌日に釈放されていること及び本件拳銃の鑑定書の作成が著しく遅れていることなど、やゝ不審な点も見受けられるが、本件自白調書の任意性を判断するうえで、重要なことは被告人が本件拳銃を何故に任意提出するに至つたのか、その経過であり、この点に関しては被告人の供述と捜査官の供述が最も対立するところでもあるので、以下この点について検討する。
1 本件拳銃を任意提出するに至つた経過に関し、被告人が当公判廷において供述(第九回公判調書中の被告人の供述部分を含む。)するところの要旨は、次のとおりである。
被告人は、昭和五一年四月三〇日被告人方が捜索されて日本刀一振が発見されて押収されたこと及びその後も七条署から内妻を通じて何度も呼び出しのあつたことを内妻から聞き、また右捜索時に被告人方に来ていた被告人の友人木村文一からも「是平警察官は、逮捕しないから出頭するようにと言つていた。」と聞き、内妻の勧めもあつたので出頭することを決意し、出頭しても多分逮捕されることはないだろうと思つたが、あるいは逮捕されることになるかもしれないとの不安から、同年五月一八日予め電話で是平警察官から出頭しても逮捕しない旨の確認を得たうえ、同日七条署の同警察官の下へ出頭し、同署取調室において同警察官から取調を受けたが、押収された日本刀の件で取調を受けるものとばかり考えていたところ、同警察官からは専ら「拳銃を不法所持していることは判つている。その拳銃を提出するように。」との追及を受け、身に覚えのないため否認していたところ、同警察官から「提出しないというなら今晩泊つてもらう。家に電話をして日用品を持つてきてもらえ。」とか、「日本刀の件だけでも逮捕できる。勘忍してほしかつたらとんでもとばんでもよい、どこからでもよいから段取りしてこい。そのぐらいのことはできるだろう。日本刀一振の件も一緒に罰金ですむように書類を作つてやる。」などといわれ、それまでして拳銃が必要な理由については、「今度の暴力団狩りは銃器に重点を置いているので、七条署としても成績を上げたい。」と答え、当時被告人は、別件の覚せい剤取締法違反被告事件で有罪の実刑判決を受け、大阪高裁に控訴していたことや、前科もあることなどから、罰金ですむものならば、拳銃を提出してもよいと考えるに至り、「何とかしましよう。」と答え、同警察官から翌日にでも提出するようにと督促されて帰宅を許された。被告人は、当時暴力団会津小鉄会系二代目篠原会の組員であつたが、同組の被告人の兄貴分に当る中村から、宿谷に改造してもらつたという拳銃を見せられたことがあり、また、被告人と付合いのあつた宿谷からも、「中村の拳銃を改造したが、まだ手間賃をもらつていないので、中村から何とかもらつてくれないか。」と頼まれたこともあつたので、七条署からの帰宅途中中村方を訪れ、中村に対し、「自分は拳銃を持つて出頭することを条件に警察から帰されたので、何とかして提出しなければ逮捕される。警察では中村が拳銃を持つていることも知つていた。自分が中村の名前を出さずにちやんと片付けるし、迷惑はかけないから任せてほしい。」旨を申し向けて同人の了解を得、翌日、中村から本件拳銃を預り、予め是平警察官に電話をして逮捕しない旨の意向を確かめ、七条署の前に出迎えてもらい、その場で拳銃を手渡して立去ろうとしたが、調書を作成する必要があると言われて、同署の取調室に同行し、同警察官の言つていた日本刀の件と併わせて罰金で済むように処理し、逮捕もしないという約束を信じ、同警察官の言いなりに、本件拳銃を宿谷から買つて所持していた旨供述し、供述調書(本件自白調書第一)が作成されたが、同日も日本刀の件での取調は行なわれず、帰宅を許された。
その後逮捕された宿谷が釈放されるとすぐ被告人方に来て、「何故自分の名前を出したのだ。何故嘘を言うのだ。」と被告人を難詰したが、被告人は宿谷の名前を供述したことの体裁の悪さや、自分と同様に宿谷も罰金ですむものと考えていたので、「釈放されたのだからいいじやないか。罰金は自分が代つて払つてやる。」などと言葉を濁していた。また、中村からも、「自分に対して拳銃の件で呼び出しが来ている。どうなつているんだ。こんなことになるのなら、被告人に預けたといつても自分方から押収されたのと同じことじやないか。」などと文句を言われたが、宿谷が中村の名前を出していることを知らなかつた被告人としては不審に思つて、「そんな筈はない。自分は中村の名前は出していない。」と答え、自分も宿谷も逮捕されなかつたのだから中村も逮捕されるようなことはないだろうと考えていた。
その後被告人は罰金の通知が来るのを待つていたが、覚せい剤取締法違反の被疑事実で通常逮捕され、同年八月二三日再度是平警察官の取調を受け、その際、同警察官の言うがままに供述し、供述調書(本件自白調書第二)が作成され、被告人としてはその時点でも日本刀及び拳銃に関しては、罰金ですむものと信じ込んでいた。その後の検察官の取調に対しても、警察官が送致をする際罰金ですむような意見を述べているものと考え、否認することもなく、本件自白調書第二と同様の供述をし、検面調書(本件自白調書第三)が作成された。
2 これに対し、被告人の取調に当つた是平警察官が当公判廷において供述(第一〇、一一回公判調書中の同証人の供述部分を含む。)するところ及び同警察官の上司であつた村川警察官の供述するところの要旨は、次のとおりである。
是平警察官は、昭和五一年四月三〇日被告人方を捜索した際、同所で顔見知りの木村文一に会つたが、言葉は交したことがない。その際、被告人の内妻田中セツ子に対しては、捜索の被疑事実は、被告人が宿谷から拳銃を買つて所持しているという事実であることを伝えた。その後、被告人の所在捜査をしていたところ、同年五月一八日午後三時ころ被告人から是平警察官に対して電話があり、「玉尾です。わしを捜してはりますのか。逮捕状が出ていますか。」と尋ねられ、「この前君の日本刀を持つて来ているし、何の件が判つているやろな。逮捕状の件は電話ではいえない。」と答えると、「宿谷の件でつしやろ。」と言うので、「宿谷から買つた拳銃を持つて出なさい。」と指示したところ、「また考えて明日電話します。」と答えた。当日は電話で応待したのみで、被告人と面談したことはない。
翌五月一九日午前一〇時ころ、被告人から電話で、「七条署の近くまで拳銃を持つて来ているが、入りにくいので出迎えてほしい。」と言われ、同署の前で四、五分待つていると被告人が新聞紙の包を持つて現われたので、同署取調室へ同行し、新聞紙の包を開けると本件拳銃が入つていたが、撃鉄のバネの部分に損傷があつたので被告人の説明を求めたところ、「財布に使われるはがねでも入れればすぐ撃てるようになる。」と答え、被告人から「こんなものは日本刀の件のと併わせて、どうせ罰金でつしやろ。」と言われ、「そんなことについては何もいえない。頼むのだつたら検察官に頼みなさい。」と答え、上司に、被告人が拳銃を持参した旨報告し、上司からは、「本日は拳銃の件の取調を行ない、日本刀の件での調書作成は後日でよい。」との指示を受け、被告人を取調べたところ、被告人は素直に、「本件拳銃は、三万五、〇〇〇円で宿谷から買つたものであり、自宅に置いてあつた。」と供述したので、その旨の供述調書(本件自白調書第一)を作成した。右取調の途中、被告人から、「逮捕状は出ているのか。逮捕されるのか。早く帰してほしい。」などと尋ねられたが、「上司に相談中である。」と答え、取調終了後上司の指示で被告人を帰宅させた。また、被告人は拳銃を任意提出した理由について、「日本刀も取り上げられているし、この件で何回も警察が来てガタガタされるのはかなわないから持つて来た。」と述べた。当日、是平警察官の上司である村川警察官は、被告人が拳銃を持参せずに出頭した場合は、被告人を日本刀不法所持の件で逮捕する考えであつた。
翌五月二〇日、宿谷を逮捕して取調べ、関係者の裏付供述を得、また本件拳銃も外見上発射機能に疑問があつたので、翌五月二一日、宿谷を釈放し、その後間もなく、京都市内で暴力団の拳銃発砲の抗争事件が発生したため、本件捜査は一時中断したが、同年八月に入つて本件捜査が再開され、同年八月三日ころ、本件拳銃には人畜に対する殺傷能力がある旨の鑑定結果を電話で連絡を受け、何度か中村を呼び出していたところ、中村は同年八月一一日に七条署へ出頭した。是平警察官は中村の取調の初めに、被告人と宿谷の供述がくい違つていることを説明し、「玉尾は君(中村のこと)の名前を言いにくかつたのだろう。」と言つたところ、中村から、「そのようになつていますか。それならその通り間違いない。」「本件拳銃は被告人から改造を依頼され、さらに私(中村のこと)から宿谷に頼んだものである。」との供述を得た。その後、是平警察官は、同年八月二三日に再度被告人を取調べたところ、「中村は兄貴分なので名前は出しにくかつた。本件拳銃は中村に改造を依頼したものである。」旨の供述を得て供述調書(本件自白調書第二)を作成したが、その際にも被告人から、「どうせ罰金になりまつしやろ。」と尋ねられ、「検事に頼みなさい。」とは言つたが特に罰金で済まない事件だと否定もしなかつた。その後、同年九月上旬に本件は検察官に送致されたが、送致書の情状意見欄には村川警察官が、「厳重処分にされたい。」旨の意見を記載した。右取調を通じ、是平、村川両警察官は、被告人に対して、逮捕をしないとか、本件を罰金で済むように処置するとかの約束は一切したことはない。
3 以上両当事者の供述を前記「本件捜査の経過について」とあわせ検討すると、まず、被告人の供述は、尋問を重ねる毎に逐次詳細に具体的になり、その間矛盾するところ少く、大体において一貫しているといえるし、被告人にとつて無関係な本件拳銃をわざわざ中村から借り出してきて任意提出することについて疑問もあるが、しかし、家宅捜索を受けて発見されなかつた拳銃であり、任意提出をせざるを得ないような事態に追い込まれていないのに拳銃を警察へ持参提出していること及び別件保釈中の被告人が被告人方から押収された日本刀の件で逮捕されることをおそれ、これを免れるため警察に迎合しようとする事情があることなどからみると、中村から借り出して提出することなどありえない不自然なことであると軽々に断じえないところ、この点に関する是平証人の供述は五月一八日の電話連絡の中で、被告人が「宿谷の件でつしやろ。」と言うので、「宿谷から買つた拳銃を持つて出なさい。」と指示したところ、翌日持参出頭したという程度のことを述べているに止り、何故被告人が拳銃を持つて出頭したかに関する弁護人の再三にわたる尋問に対して、「その点についてはわかりません。」(「思い当るところは)ありません。」と供述し、「殊勝な心がけのようにうけとつた。」とさえ述べていたのが(第一〇回公判)、第二四回公判での再尋問において、突然「出頭して来たときに、これは前回のときに云い落しましたが、刀の方はどうせ警察の方に取り上げられているし、この件で何回も警察から来られてガタガタされるのはかなわんから持つて来ましたというようなことを云つており、そしてこの件はどうせ罰金でつしやろ、まあ何とかええように頼みますわというような言葉を云つていたと思う。」旨の供述がなされたのであるが、前示のように、本件では被告人が拳銃を任意提出をせざるを得ないような事態に追い込まれていないのに何故警察へ持参提出をしたかという点は常識的に考えても最も問題とされるであろう事柄であるのに、先の第一〇回公判では、はなはだ説得力を欠いた供述しか得られず、第二四回公判で右のようにいわば供述を変えた理由については、単に先の公判廷では忘れていたと述べるのみで、納得しうるような理由を述べていないのみならず、右第二四回での供述内容についてみても罰金云々の点は後で触れるとして、そこで述べられているようなことが、前示のような状況下ではたして拳銃を警察に持参せしめるほどの事由となりうるか誠に疑問というべきである。さらに何よりも、被告人に対する逮捕状が用意されていながら、所在の不安定だつた被告人に対して逮捕状の被疑事実(日本刀不法所持の件)につき調べもなさずこれが執行されていない客観的事実は、拳銃の点は別事実であること及び最重要証拠である拳銃自体を持参提出したことに対する捜査官の斟酌を考慮しても、被告人が若し拳銃を持参しなければ逮捕する予定であつたというのであるし、被告人に対しては所在捜査までしていたことに思いを至すと、疑問の入りうる処置である。次に、是平証人は第一〇、一一回公判廷において、被告人とのやりとりの中で罰金にしてやるなどと言つていない旨供述していたが、第二四回公判廷においては、さきにふれたように「これは前回に言い落しましたが、」という弁明で被告人の方からではあるが、五月一九日の取調の際「どうせ罰金でつしやろ。」と、さらに八月二三日の取調の際も「どうせ罰金になりまつしやろ。」と言われた旨供述するに至つたが、たとえ第一〇、一一回公判廷で、尋問者から被告人の方から罰金云々を言わなかつたかと質問されていないとしても、取調警察官の供述としては当然触れるべき重要な点と思料されるし、このような重要事項を第二四回公判廷において初めて明らかにした理由についても、単に先の公判廷では忘れていたと述べるのみで何ら説得力ある理由を述べず、その供述態度には不自然な点がみられ、右八月二三日の取調の際、被告人は別件覚せい剤取締法違反被疑事件で身柄勾留中であり、普通であれば覚せい剤事件と拳銃等の事件が併合審理されて懲役刑に処せられることは、被告人も是平警察官も当然予想しうると考えられるのに被告人が、是平警察官に対してなおも拳銃等の事件が「どうせ罰金になりまつしやろ。」と言い、是平警察官も特にこれを否定しなかつたということは、被告人の公判供述をある程度裏付けるものが看取される。
さらに、中村が被告人へ本件拳銃を渡した際の日時、場所等の状況、その後の被告人方の捜索で発見されなかつた拳銃の所持の具体的状況、宿谷と知り合いの被告人が中村を介して改造を依頼しなければならなかつた理由、改造前の模造拳銃の出所、改造の手間賃などこの種事案にとつては重要な諸点につき関係者の供述がくい違つているのに、取調に際してはこれらの点につき深い追及もなかつたことがうかがわれ、これに当時の暴力団の拳銃使用等の抗争事件の未然防止と武器摘発の重点捜査体制、拳銃提出以降の本件捜査の不熱心振りをあわせると、捜査官の拳銃押収至上主義的態度と地道堅実な捜査の不足がみうけられるといわざるを得ない。
なるほど、被告人の公判廷における供述については、併合審理されている他の公訴事実につき信用しえない点も存するし、本件拳銃の件についても、五月一八日警察署へ出頭するにあたつて逮捕を覚悟していたと述べたり、そうではなかつたと述べたりして供述が動揺していること、五月一八日不逮捕、罰金の約束があつたと言いながら、翌一九日の拳銃持参の出頭にあたり電話をかけて是平警察官に七条署の前付近までわざわざ出迎えさせていることその他疑問となしうる諸点も存するが、しかし拳銃の件についてのこれらの点に関する被告人弁解理由付けは一応合理的に述べられており、いまだ前記の捜査官側の逮捕状不執行についての疑問を払拭し、被告人が八月二三日の取調時になおも「罰金になりますやろ。」と述べていたことから推認される前示被告人の公判廷における供述事実に対する或程度の裏付性を左右するに足りない。
してみると、本件自白調書第一の作成に際し、予め昭和五一年五月一八日と取調当日の五月一九日間に、被告人と是平警察官との間で、拳銃を提出持参すれば、逮捕をなさず、かつ罰金で済ますようにする旨の約束のあつた疑いはこれを否定することができず、本件自白調書第一は直接的に右約束の疑いの下で作成され、同年八月二三日作成の本件自白調書第二は、供述内容に変化はあるが、なおも「罰金になりますやろ。」と述べている状況であるから間接的にその影響下で作成されたものと認められ、同年九月一七日作成の同第三も右約束の疑いとは因果関係がないとはいえない。
なお、警察官がいわゆる「罰金で済ます」権限を有しないことは明白であるが、本件では警察官が「逮捕をなさず、かつ罰金で済ますよう取り計らつてやる。」旨の約束があつた疑いが問題となつており、被告人が取調べに当たつている警察官に右のような逮捕をしない権限もしくは罰金で済ますことについての実効性のある取り計らいをする実力があるものと考えるのは当然であり、またそのように信ずることにつき責むべき点があつたとも考えられない。
そして、この種の約束が虚偽の自白への強力な誘引力を持つことはいうまでもないところであり、このような約束を手段として自白を獲得するのは適正な捜査方法とはいえず、このような約束の下での自白は、その任意性に疑いがあるものとして、証拠能力を欠くと認められる(最判昭和四一年七月一日刑集二〇―六―五三七参照)。本件においても右約束の疑いが払拭されない以上、本件自白調書第一ないし第三は、いずれもその任意性に疑いがあるものといわなければならず、証拠能力を欠き、証拠とすることができないものと認めるのが相当である。
よつて主文のとおり決定する。
(吉田治正 河上元康 小野博道)